岡山地方裁判所 平成7年(行ウ)10号 判決 1996年4月10日
主文
一 被告は、山陽町に対し、金五万円及びこれに対する平成七年三月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、山陽町に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年三月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 主文三同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
1 原告らはいずれも山陽町の住民であり、被告は山陽町長である。
2 山陽町の機関である山陽町報道委員会は、「一般町民に対し、町政運営の実情を報道するとともに、世論の動向を把握し、町政の円滑なる運営に資し、あわせて文化的教養の啓発に寄与することを目的」(山陽町報道委員会設置に関する条例〔以下「本件条例」という。〕三条)として、町の報道誌「広報さんよう」を発行し(同四条一項)ていたが、平成六年四月ころ、別紙1の記事が掲載された「広報さんよう」同年四月号(二〇頁、七七〇〇部。以下「本件四月号」という。以下同。)、同年七月ころ、別紙2の記事が掲載された本件七月号(一六頁、七六〇〇部)、同年一〇月ころ、別紙3の記事が掲載された本件一〇月号(二〇頁、七七〇〇部)をそれぞれ発行して、町内の各戸に配布した(以下「本件発行」という。)。
3 被告は、山陽町の予算から本件発行費用(印刷費及び配付費用)として合計一〇四万一三三〇円(本件四月号につき三六万四六二〇円、本件七月号につき二八万一六〇円、本件一〇月号につき三九万六五五〇円。)を支出した(以下「本件支出」という。)。
4 本件支出は、次のとおり違法である。
(一) 別紙1の記事中の「私もこの四月、何としても春爛漫の花を咲かせたい。信条として私欲なき純情一筋に。山陽町のお役に立ちたいと。」の部分(以下「本件記載1」という。)は、平成六年四月に実施された山陽町長選挙における被告への支持を訴える内容であるから、このような記載のある「広報さんよう」の発行は、公務員がその地位を利用して「新聞その他の刊行物を発行し、文書図画を掲示し、若しくは頒布し、若しくはこれらの行為を援助し、又は他人をしてこれらの行為をさせること」等の選挙運動類似行為を行うことを禁止した公職選挙法一三六条の二第二項四号に違反し、かつ、本件条例三条の町の報道誌発行の目的から逸脱している。
(二) 別紙2の記事は、当時山陽町が計画していた町内の日古木大池周辺地における遊歩道設置事業(以下「本件計画」という。)に反対する住民運動(以下「本件住民運動」という。)に関するものである。右記事中の「測量杭を町、ダイワの土地に打ったことで、反対を理由に無断で引き抜かれるという事態が起きた。」の部分(以下「本件記載2」という。)は、前後の文脈に照らし、本件住民運動を行っている者(以下「反対派住民」という。)が無断で測量杭を引き抜いたとする内容であるが、虚偽であり、右記載は、被告の本件住民運動に対する個人的な嫌悪感に基づいて、読者である町民に反対派住民が非常識な行為を行う者であるとの印象を植え付ける目的でされたもので、反対派住民の名誉を毀損するものである。したがって、このような記載のある「広報さんよう」の発行は、民法七〇九条の不法行為に該当し、かつ、本件条例三条の報道誌発行の目的から逸脱している。
(三) 別紙3の記事も、本件住民運動に関するものであり、右記事中の「三名は、反対派に同行して県東備局で、阻止のため暴言、強迫までされた。」の記載(以下「本件記載3」という。)は、前後の文脈から判断して、本件計画に反対していた山陽町議会議員三名が暴言、強迫を行ったとする内容であるが、虚偽であり、右議員らの名誉を毀損し、また、被告の本件住民運動に対する個人的な嫌悪感に基づいて、読者である町民に本件住民運動に暴力的イメージを与える意図でされたものである。したがって、このような記載のある「広報さんよう」の発行は、民法七〇九条の不法行為に該当し、かつ、本件条例三条の報道誌発行の目的から逸脱している。
(四) 本件発行が違法である以上、その費用の支出は違法である。
5 被告は、本件支出により、山陽町に少なくとも金一〇〇万円相当の損害を与えた。
6 原告らは、平成六年一二月二六日、山陽町監査委員に対し、本件支出の違法の是正を求める監査請求を行ったが、同委員は、平成七年二月二四日、右請求には理由がない旨決定した。
よって、原告らは、被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、山陽町に代位して金一〇〇万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年三月二六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3 同3は認める。
4 同4は否認する。
(一) 本件記載1は、山陽町のために私欲なくがんばろうとの被告の決意を述べたものにすぎず、町長選挙における被告への支持を訴えたものではない。また、「広報さんよう」の発行にあたっては、広報委員会において、掲載予定の原稿、記事、重要性及び関連性を考慮したレイアウトを協議、確認して、委員全員の了解のうえで発行することになっており、被告が自己の地位を利用して記事を掲載させたものではない。
(二) 本件記載2の内容は、真実である。
(三) 本件記載3の内容は、真実である。反対派の議員三名は、岡山県東備地方振興局において、同振興局農林事業部森林課長岸本肇一(以下「岸本課長」という。)に対し、机をたたきながら「街宣車を回してやろうか。」と発言し(暴言)、「県でどうにもならなかったら、林野庁へ行くより仕方ない。」と発言した(強迫)。被告は、山陽町議会の産業経済委員会の委員五名及び副議長による同振興局に対する調査並びに被告の岸本課長に対する事情聴取によって、右事実を確認した。
なお、別紙1ないし3の記事はいずれも、被告が、山陽町長として直接町民と対話することが困難であるため、対話に代わる手段として行政課題、希望又は人生訓等を内容とする記事を寄稿し、掲載されたものである。
5 同5は否認する。
6 同6は認める。
第三 証拠
本件記録中の証拠に関する目録記載のとおり。
理由
一 請求原因について
1 請求原因1ないし3は争いがない。
2 同4について
(一) 成立に争いのない甲一の一、原告井上稔博及び被告本人尋問の各結果、弁論の全趣旨によれば、任期満了に伴う山陽町長選挙が、平成六年四月一九日告示、同月二四日投票の日程で実施されたこと、本件四月号は、右選挙の告示直前の平成六年四月一〇日ころに発行され、町内の各戸に配付されたこと、被告は、右発行当時、現職の山陽町長であり、既に右選挙に立候補することを決意していたこと、右選挙は、被告以外に立候補者がなく、無投票で被告が当選したことが認められる。以上の状況下で本件記載1を掲載した本件四月号が発行されたこと及び本件記載1の内容に照らせば、本件記載1に「立候補」や「投票」等の文言が使用されていなくても、これを読んだ町民に山陽町長選挙を連想させ、婉曲的な表現で山陽町長選挙における被告への支持を訴えたものとして受け取られるおそれがあるものと認められる。
このことと、前掲各証拠によれば、「広報さんよう」には、平成四年一月以降、ほぼ毎月、「町長エッセイ」又は「町政報告書」等の表題の被告の原稿が掲載され、毎号の「広報さんよう」に被告の記事のための枠が確保されており、これらは被告が現職の山陽町長の地位にあったことによって可能であったことなどを総合すれば、本件記載1は、公務員等がその地位を利用して選挙運動類似行為を行うことを禁止した公職選挙法一三六条の二第二項四号の趣旨に反し、本件条例三条の町の報道誌の発行目的を逸脱する違法なものというべきである。
(二) 本件記載2が、これを読んだ者に、反対派住民が右測量杭の引き抜きという行為に及んだ旨の心証を抱かせるものであることは、前後の文脈に照らし、明らかである。
しかし、成立に争いのない甲一の二、弁論の全趣旨及びそれにより成立の真正が認められる乙三、原告井上稔博及び被告本人尋問の各結果によれば、右測量杭が何者かによって無断で引き抜かれたとしても、それが反対派住民によるものかは証拠上定かでない(被告が右行為者の特定のために調査を行ったことを示す証拠もない。)。
そうすると、本件記載2は、本件計画について、これを推進しようとする町と反対派住民との間で意見の対立が存在している状況下で、確たる証拠もなしに、読者である一般町民に対し、反対派住民が右測量杭の引き抜きという行為に及んだ旨の心証を抱かせるものであり、右記載を右報道誌に掲載したことは、明らかに本件条例三条が定める右報道誌発行の趣旨に反すると言うべきである。
(三) 成立に争いのない甲一の三、前掲乙三、原告井上稔博及び被告本人尋問の各結果、弁論の全趣旨によれば、本件記載3に掲げられている「三名」とは、樅野志郎、奥村久夫、斉藤忠史の各議員(以下「樅野ら」という。)を指し、本件記載3を読んだ町民のうち少なくとも反対派住民には、「三名」が樅野らであることが容易に特定されうることが認められるから、本件記載3は、これを読んだ相当数の町民に、樅野らが暴言、強迫を行ったとの認識を抱かせるものであって、これを掲載した本件一〇月号の発行は樅野らの名誉を毀損する行為である。
被告は、樅野らが、岡山県東備地方振興局において、岸本課長に対し、机をたたきながら「街宣車を回してやろうか。」と発言したことは「暴言」で、「県でどうにもならなかったら、林野庁へ行くより仕方ない。」と発言したことは「強迫」であり、右の言動は真実であるから、これに対するものとしての本件記載3は違法とはいえず、不法行為は成立しないと主張する。しかし、前掲証拠によれば、本件発行当時、山陽町では、本件計画をめぐって相当程度激しい対立があり、右言動はその過程における行政交渉の際に行政側と住民との間の意見の衝突の中で生じたものであること、県に対しての陳情が効を奏さない場合に県を監督する立場にある官庁に対し陳情に行くことは不当とはいえないことからみると、右樅野らの言動が、仮に真実であったとしても、それを暴言強迫であると断定する本件記載3を掲載した被告の本件一〇月号の発行は、民法七〇九条の不法行為に該当し、本件条例三条に違反する。
(四) 以上のとおり、本件発行のうち、本件記載1ないし3を掲載した部分については、その発行は違法であるから、本件支出のうち、本件記載1ないし3に関する公金の支出は違法である。
3 同5について
前示認定事実及び本件各号の総頁数(本件四月号二〇頁、本件七月号一六頁、本件一〇月号二〇頁)に対する本件各記載の頁数(各一頁)の割合、本件発行費用は合計一〇四万一三三〇円(本件四月号につき三六万四六二〇円、本件七月号につき二八万一六〇円、本件一〇月号につき三九万六五五〇円。争いがない。)であることなどを勘案すると、山陽町は、前示2の違法な支出によって金五万円相当の損害を被ったものと認めるのが相当である。
4 同6について
争いがない。
二 まとめ
以上によれば、原告らの請求は、金五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年三月二六日(当裁判所に顕著である。)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求については理由がない。
よって、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田亮一 裁判官 吉波佳希 裁判官 濵本章子)